「 栄養欠損 」一覧

発達障がいといわれてもあきらめないで!新WEBセミナーのお知らせ

発達障がいといわれてもあきらめないで!新WEBセミナーのお知らせ

『 WEBセミナーNo.4成長期のお食事と栄養を考える 子どもの食事と発達トラブルそれって本当に発達障がい? 』 お申し込みはこちら...

ムンク展を観て・・幻覚、幻聴に悩まされたムンクの叫び

ムンク展を観て・・幻覚、幻聴に悩まされたムンクの叫び

この叫びを観たとき、ムンクが幻聴・幻覚にしばしば悩まされていたことを思い出しました。 ムンクは相次ぐ身内の死による恐怖と不安とにつきまとわれていたといいます。 アルコール依存もあり、精神病院への入退院も繰り返していたとか・・ 「叫び」は連作され(5点以上とか)それぞれにテンペラ画、パステル画、油彩などがあるといいます。今回そのうちの2点が公開でした。

子育ては後悔しないで前を向いて進みましょう 「成長期のお食事を考える 子どもの食事と発達トラブル 」勉強会終了しました。

子育ては後悔しないで前を向いて進みましょう 「成長期のお食事を考える 子どもの食事と発達トラブル 」勉強会終了しました。

倉敷での勉強会、無事終了しました。  成長期のお食事と栄養を考える 子どもの食事と発達トラブル それって本当に発達障害? 20年後、3...

イーハトーブ  宮澤賢治を訪ねて~賢治が短命だった理由は?

イーハトーブ  宮澤賢治を訪ねて~賢治が短命だった理由は?

宮澤賢治は菜食主義者だった・・ 私のイメージでは賢治は苦学して貧しく若くして病に倒れて亡くなったイメージでした。 ところが略歴を読んでいくと宮澤家は裕福であり、両親とも賢治の死後、長生きして父政次郎は83歳で、母イチは86歳で1963年(昭和38年)に亡くなっています。 賢治が亡くなったのは37歳。肺結核とあります。 盛岡高等農林学校研究生であった22歳の時、5年間菜食生活を送った、とあり途中は菜食にこだわらない食生活の期間もあったとの記述がありますが、その後は粗食を貫いた、とあります・・ 病に倒れたとき母イチが見かねて賢治に内緒で鯉の生き血をオブラートに包んで飲ませたことがあったそうですが、後日それを知って 『生き物の命を取るくらいならおれは死んだ方がまし』といい1933年9月肺結核で37歳の生涯を閉じたのです。 菜食の上に粗食、これが賢治の命を縮めたことは間違いなさそうです・・